ChunPom’s diary

数学、物理、機械学習に関する話題。あと院試、資格、大学入試まで。

グレブナー基底は何に使えるか?

名前はよく聞くグレブナー基底、一体何に使えるんだ?ということで、具体的な応用先を並べてみた。グレブナー基底をわかりやく言うと「多項式の集合を、シンプルで性質の良いものに変えた多項式の集合」である。例えば連立方程式を解くときに1文字ずつ変数消去していくことで解を求めたと思う。つまり、x,y,zが入り混じった複雑な式から、xのみの式、yのみの式..を求めていた。これがまさにグレブナー基底の考えである。

①数式処理システム
グレブナー基底の周辺理論の利点に、文字式を残したまま解析したり、近似なしで求積できることがある。例えば{\displaystyle ax^2-b=0}(但し各係数は正)から{\displaystyle x=\pm \sqrt{b/a}}を求めることができる。もちろん、通常の数値計算ではこういった計算は難しい。数式処理システムのソフトでは、以上の利点からグレブナー基底に関するアルゴリズムが実装されている場合がある[1]。

②整数計画問題
整数計画問題とは、整数の変数に関する多項式等で表される目的関数を、制約条件化で最大あるいは最小にするような変数の値を求める問題である。制約条件の式から生成されるトーリックイデアルグレブナー基底を算出し、その基底の多項式で割り算を続けていくことで最適化を行うConti-Traversoのアルゴリズムがある[2]。一度グレブナー基底が得られればあとは瞬殺なのだが、その基底を求めるまでに時間がかかるため、大規模な整数計画問題を解くことは難しい。そのため、通常は内点法や分枝限定法などが使われる[3]。

③学習理論
機械学習では、予測精度が学習データのサンプル数{\displaystyle n}に対してどのように振舞うかを議論したいことがよくある(学習理論)。より具体的には尤度関数の{\displaystyle n\to \infty}での漸近的挙動を見たい。ただ、機械学習の場合はモデルが複雑すぎて、尤度関数をモデルパラメータの関数としてみると見通しが良くない。そこで、特異点解消定理を用いてより都合の良い変数に変換してから挙動を見る方針をとる場合がある[4]。この特異点解消定理の周辺ではグレブナー基底の理論が用いられている。

量子アニーリング
量子アニーリングは、イジングモデルと呼ばれる二次関数のモデルの最大値や最小値を求める非ノイマン型の計算手法である[5]。これを用いれば、これまで通常の整数計画法では解けなかったような大規模な問題を拘束に解くことができるのでは、と期待されている。ただし、世の中の問題はかなり複雑なので(例えば高次の多項式)、これをどうやって二次関数に落とし込むかが重要となる。グレブナー基底を用いれば、多項式の問題をうまく二次関数に変換することができる[6]。また、現在開発されている量子アニーリング計算機の多くは、ハードウェアの制約上スピン素子同士の接続に制限があり、イジングモデルの係数を自由に設定できない。従って、量子アニーリングで問題を解くには、先ほど述べた二次関数への変換後、さらにスピン素子の接続を踏まえて埋め込む必要がある。すなわち、グラフ理論の言葉でいうMinor Embeddingである。グレブナー基底を用いれば、この埋め込みも可能である[7]。ただし、問題の変数が大規模な場合は②と同様の理由で通常の整数計画法を用いたほうが良いだろうが。

⑤実験計画法
実験計画法で得られたサンプルから、p値を算出する方法にグレブナー基底を用いることも可能である[8]。p値はサンプル数が増加すると解析的に算出することが難しくなる。そこでマルコフ連鎖モンテカルロ法を用いた数値積分が使用されるのだが、なるべく収束の早いモンテカルロサンプリングが望ましい。その指針をグレブナー基底で与えることができる。

⑥主成分分析
もう一つ最近の話題として、主成分分析へのグレブナー基底適用がある。主成分分析は変数の線形和で書けるような基底をいくつかとり、その基底で表した座標上でデータの分散が最大になるように、基底を決定する手法である。データの分散が大きいほど情報量が多いということなので、主成分分析は情報量が最も多くなるような軸(基底)を求める分析法である。ただ、一般に現実のデータは非線形であるから、必ずしも線形な基底では不十分で、より高次な多項式変換で表される基底を用いたほうが良いだろう。Vanishing Component Analysis (VCA)では、このような基底をグレブナー基底を用いて求める手法を提案している[9]。これにより、非線形なデータでも主成分分析が可能になると期待される。


このように、グレブナー基底には驚くほど広範囲な応用先がある。ただ、現時点で広く実用化されているのは①くらいだろうか。グレブナー基底を求めるアルゴリズムは、現状計算負荷の高いBuchberger'sアルゴリズムくらいしか無いためである。この計算速度が向上すれば、グレブナー基底の応用はさらに浸透していくことだろう。また、各応用先の引用を最後に載せておく。
[1] https://www.riam.kyushu-u.ac.jp/fluid/meeting/17ME-S2/papers/Article_No_13.pdf
[2] https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1876-03.pdf
[3]

[4]
代数幾何と学習理論 (知能情報科学シリーズ)

代数幾何と学習理論 (知能情報科学シリーズ)

  • 作者:渡辺 澄夫
  • 発売日: 2006/04/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
[5]
量子アニーリングの基礎 (基本法則から読み解く物理学最前線 18)

量子アニーリングの基礎 (基本法則から読み解く物理学最前線 18)

[6] https://arxiv.org/pdf/1810.01440.pdf
[7] https://arxiv.org/pdf/1912.08314.pdf
[8]
グレブナー道場

グレブナー道場

  • 発売日: 2011/09/23
  • メディア: 単行本
[9] https://mlai.cs.huji.ac.il/publications/Amir_Globerson/files/Vanishing%20Component%20Analysis.pdf